コラム 社長's NOW

第4回 社長's NOW! 誠実なチームの運営が生産性や結果を向上させる

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「誠実な人ってどんな人ですか?」

「あなたは誠実ですか?」

もしこんなことを聞かれたら、ちょっと考えてしまうと思いませんか?

それだけ、「誠実」という言葉は当たり前に使われているけれど、なんとなしに「誠実な人」という言葉から来る人柄のイメージが先行しており、多くの人が「誠実とは?」ということを深く意識、考えないでも「誠実」という言葉を使うのが一般的かと思います。

 

では、「誠実な人」という社会のイメージはどんなイメージなのでしょうか。

誠実な人っていうと、ウソをつかない人とかって言いますよね。そのほかにも、真面目な人なんて言う人もいるでしょう。

では、ウソをつかなければ誠実な人なのでしょうか?

真面目だったら誠実な人なのでしょうか?

 

グーグル先生に「誠実とは」と聞いてみると出てくる答えは、

  • 人や物事に対する姿勢から真心がかんじられる
  • 中身があり、偽りがない
  • 何事も真剣に対応する

であり、誠実な人の特徴としては、

  • 嘘をつかない
  • 物を大切に扱う
  • 誰に対しても平等に接する
  • 他人の悪口を言わない
  • 謙虚であり、自分にうぬぼれていない
  • 努力家

だそうです。

 

どうですか?

あなたは、誠実ですか?

え?

人にばっかり聞いてないで、あんたはどうなんだって??

 

はい、私ですか。

私は、こうして自分を振り返ってみると誠実ではないかもしれません。

なぜなら、嘘をついたことだってあるし、物を乱暴に扱ってしまったこともありますし。他人の悪口を言ってしまったこともあります。何事にも真剣に対応していないかもしれないし、したくてもできなかった時だってあります。

そういう意味では、完璧な「誠実な人」とは言えないかもしれません。

さて。

ここからは私見でありますが、私は、「世の中にはもしかしたら、誠実な人なんて言う人はいないのではないか?」と思ってしまう部分もあります。(「それは、あなたが誠実じゃないからさ!」という指摘を甘んじて受けるのを覚悟しております)

 

ここからの私の話は、「性善説」、「性悪説」といった話に通じる部分の哲学的な人の心の話になってしまいますし、なにより、私の意見が「正解」ではない、ということを前提にお話しをさせてください。

「迷いのない人なんていない」というくらい、人は悩んだり、苦しんだりするものです。それは、「誠実さ」という部分においても同じかと思います。人は生まれながらに善人の要素も悪人の要素も両方持っていると思います。ですから、そもそも「性善説」でもあり「性悪説」でもあるのです。

 

実は私。

周囲の知人からは、「真木さんは誠実だよね」と言われることは多いのです。

おそらく、それは、私自身が「不誠実な部分」を自覚しており、そういった「不誠実さ」を隠して言動を行っているからだと思います。

「それってただの嘘つき、偽善者、いや偽誠実者じゃないか!」と言われてしまうかもしれませんが、心の中が全て善人、誠実であること、何もかもが誠実であることがそこまで価値あるのでしょうか?

もちろん、価値はあると思います。

けれども、私はそういった人よりも、「誠実ではない、善人ではないかもしれないけれど、誠実になろう、善人であろう」とする人の方が人間らしく、そしてとても魅力的だと思うのです。

今回、「社長’s Now」のタイトルを「誠実なチームの運営が生産性や結果を向上させる」とさせて頂きました。

誠実にチームを運営するということはどういうことなのでしょうか。

それは、まさにチームのメンバー同士が、嘘をつかないことであったり、誰に対しても平等に接するであったり、真剣にメンバー全員で努力をするであったりするということで、それぞれがメンバーという人間を大事に、尊重し合っているチームということになるのではないかと思います。

結果、そういうことができていると、何が生まれるかと言えば、メンバーの「精神的安全性」が生まれてくるのだと思います。

もしも、職場の人間関係において、例えばこんなことがあったらどうでしょうか?

  • 上司が一方的に大声で話し、それに対して誰も反対意見が言えない
  • メンバーのミスがあると、怒鳴り声をあげて叱られ、いつ怒られるのかびくびくしている
  • 特定のメンバーをかわいがり、逆に特定のメンバーのことは軽んじている
  • 約束を破っても平気、忘れても平気

おそらく、メンバーの人間関係は最悪で、疑心暗鬼に陥り、そのチームに属するメンバーのやる気、モチベーションは上がらず、生産性も上がらないでしょう。

 

「精神的安全性」というのは、誰に対しても平等であり、自由に思ったことが言えて、尊重をしあえること。だから、そこでメンバー全員に「自分はここにいていいんだ、承認されているんだ」という居場所が確保され、認め合い、高め合い、笑い合える空気からやる気、モチベーションが上がり、生産性も上がるのです。

 

どうか皆さんの心の中に、ポッと心の灯がともって、「誠実なチーム運営」ということに関心が沸き、職場の長がそういった運営を進めることは当たり前ですが、メンバーのみんなも運営に協力してくれないとその目的は達成されません。

ちょっと以前より誠実に話を聞いてくれて、歩み寄ってくる職場の長らに対し、「変だな、気持ち悪い」なんて思わずに(笑)、協力、協調してくれれば、間違いなく生産性も取り組みの結果も向上すると私は確信しています。

 

これは、妻や子供、いやそれだけじゃなく今、同居するようになった父と母といった家族に対しても同じです。
「家族だから分かり合っている」というのは、それは一つの家族のあるべき姿かと思いますが、現実、たとえ家族とはいっても、嫌なことや思い通りにならないことがたくさんあります。
そういったことに対し、ごまかすのでもなく、隠すのでもなく、「言うことを聞かないから怒鳴る」でもなく、「どうせわからないだろうから、言わない」でもなく、誠実に向き合って、相手を尊重して話を聞き、自分の気持ち、考えも一生懸命に伝える、ということが大事なのだと思います。
とはいっても、そういったことがわかるようになったのは、自分自身も父親になり、自分の両親たちが私を育ててくれた年齢になり、そういった目線が理解できるようになってからなのですが。
いつまでたっても、自分は親からすれば子供。いくら自分が大人になって彼らと同じ目線を持てるようになったからと言って、子供が「したり顔」で親と接することが親にとって嬉しいかどうかはわかりません。もしかしたら、いつまでたっても親の尊厳としては、子から尊重、尊敬されたいという気持ちは思うほか強いのかもしれなく、そういったことが子供からする親への接し方としての大事な誠実さなのかと思います。
子供は子供で、自分が子供のころにどんな接し方をされたらやる気になり、どんな接し方をされたらやる気を失う、ということも思い出して接することが親として子供に対するとても大事な誠実さなのかと思います。

「真木」という家族の船も騒がしく、しょっちゅうケンカもしますし、不幸なことにも遭遇致しますが、時にラッキーで幸せな出来事も舞い込んでおり、なんとか大破せずに、「概ね順調」といった航海を続けられております。

会社も家族も「誠実運営」で結果を向上させていきます。

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